大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)522号 決定

抗告人

山本洋子

右代理人

郡司宏

外一名

相手方

川上雄二

右代理人

佐々木元雄

事件本人

川上武雄

昭和四五年八月四日生

主文

原審判を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

理由

抗告代理人は主文同旨の裁判を求め、その抗告の理由として要するに、抗告人と相手方との双方の事情を比較考量すれば自ら明らかなとおり、抗告人が引続き事件本人の監護教育を行なうことの方が、これを相手方が行なうことよりも事件本人の福祉上適当であつて、相手方が抗告人に対し事件本人の引渡しを求めるのは親権の濫用というべきであるから、右引渡の請求を認容した原審判は失当であり取り消されるべきである旨主張するのである。

一抗告人と相手方とは昭和四九年三月二八日協議離婚の届出をし、その際長男である事件本人の親権者を相手方と定めた。抗告人としては右離婚に際し事件本人を手放す気持は全くなかつたのであるが、子供を置いていくのでなければ離婚届に判を押さない旨相手方が言うので、止むを得ず、相手方との離婚が先決であると考え、不本意ながら事件本人を相手方に委ねたのである。ところが相手方は、忙しい勤めの身で夜も帰宅が遅く事件本人の面倒を見るわけにいかないので、事件本人を連れて相手方の実兄光男方に世話になつたが、程なく嫂由和子が幼い事件本人を持て余し、他にも頼れる人はいない事態に立至つたので、同年五月二二日頃抗告人に電話して、事件本人を養育することができないから引き取つて欲しい旨抗告人に依頼した。そこで抗告人は、その翌日の午後右光男方に赴いて右由和子から事件本人の引渡を受けた(尤も、右引取りの当日午前中に相手方から抗告人に再度電話があり、事件本人の引取りを待つて欲しいとの申出がなされた経緯はあつたものの、それにしても当時の相手方には事件本人の監護養育を継続し得る目どはなかつた。)。抗告人は、右のようにして事件本人を引き取つた後、同年七月下旬北海道に住む実父母の許に事件本人を預けその養育を託した。以上の事実は本件記録ならびに取寄記録(東京家庭裁判所昭和四九年(家イ)第三四七六号ないし第三四七九号事件)に徴し明らかである。

二抗告人は、右のように事件本人を引き取つた後まもなく東京家庭裁判所に事件本人の親権者の変更等についての調停を申し立てた(前記昭和四九年(家イ)第三四七六号ないし第三四七九号事件)。そこで、右事件につき調査を命ぜられた家庭裁判所調査官岸野博治において同年九月九日付で調査報告書を提出したが、それによると、同調査官は、親権者の適否に関する結論として、「申立人(本件抗告人)および相手方(同相手方)の双方の知能・教養、事件本人に対する愛情の厚簿には優劣をつけがたく、性格はいずれが不適任ともいいがたい。住居環境・資産収入は相手方がより安定しているけれども、総じて現時点においてはいずれが親権者として適任かの具体的意見はつけがたい。その判定には申立人の父母の意向・環境などの事件本人が置かれている状況や相手方の再婚予定者その他について更に調査観察を行なう必要がある。」との一応の所見を示すに止まつている(右調停は、相手方が親権者の変更に同意せず、申立の取下によつて終了した。)。そして、右調査報告書を措いては、右調停申立事件ないしその後提起された本件子の引渡申立事件を通じて、他に家庭裁判所調査官の調査を経た形跡はない。

三しかるところ、前示各記録ならびに当審における抗告人および相手方の各審問の結果によれば、右調査報告書が提出された後に見られる当事者双方の事情の変化として、抗告人は同年(昭和四九年)一二月には東京での身辺整理を終えて帰国し実父母の許で事件本人と一緒に暮すようになり、現在は右四人とも抗告人の肩書住所地の実姉林佑子夫婦方に移り住み、事件本人が幼稚園に通い始めた昭和五一年四月からは抗告人において、専門の知識を生かし得る格好の職場を近くに得て正式社員として通勤し、かなりの月収を得、親きよだい共々平穏に暮しており、事件本人も、抗告人に引き取られて以来既に決して短いとはいえない期間にわたりこのような抗告人の監護養育を受けて健康に成育し安定した生活を送つていること(なお、抗告人の申立により昭和五一年六月三日釧路家庭裁判所北見支部において「事件本人の監護者を相手方から申立人に変更する」旨の審判がなされ、右審判は相手方の抗告申立により目下抗告審に係属していること)が窺われるのであり、他方、相手方は昭和五〇年六月竹本三枝子と再婚しその間に長男智憲(昭和五一年四月六日生)を儲けたことが明らかである。

四以上のような諸事情、殊に前項掲記のような抗告人側の事情が確認されるにおいては、須らく、抗告人において引続き事件本人の監護教育を行なうことが事件本人の福祉上適当であつて、相手方が抗告人に対しいま強いて事件本人の引渡を求める必然性に乏しいものとなすべく、相手方が事件本人の親権者であるという事実を考慮してもたやすくその申立を正当として認容し得ないものというべきである。

しかるに、原審は、右のような事情の存否につき配慮を尽すことなしに、抗告人が相手方に比して事件本人を監護養育する適性に乏しいものと即断して、相手方の本件子の引渡の申立を認容しているのであつて、この判断は失当であり原審判は取消を免れない。

よつて、本件抗告は理由があるから家事審判規則第一九条第一項に則り原審判を取り消し、更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(江尻美雄一 滝田薫 桜井敏雄)

【参考決定】―――――――――――――

抗告人

川上雄二

右代理人

佐々木元雄

相手方

山本洋子

【主文】 本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

原審判主文第一項の「事件本人川上武雄の監護者を相手方から申立人に変更する。」を、「事件本人川上武雄の監護者を申立人と定める。」に更正する。

【理由】 本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

そこで検討するのに、本件記録によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、抗告人と相手方は昭和四四年一一月一五日婚姻し、翌四五年八月四日その間に事件本人が出生したが、昭和四九年三月二八日事件本人の親権者を抗告人と定めて協議離婚をし、その旨の届出をした。離婚後、抗告人は、事件本人を連れて埼玉県春日部市居住の抗告人の実兄光男方に身を寄せ、右兄夫婦に事件本人の養育を委ねて通勤していたが、嫂の由和子が相手方に対し再三事件本人の引取方を要求したため、相手方は、同年五月二三日、右兄夫婦の許から事件本人を引取るとともに、同年六月二六日、東京家庭裁判所に、抗告人を相手方として、親権者変更、事件本人の養育費、離婚に伴う財産分与慰藉料請求のため調停申立をなした(同裁判所昭和四九年(家イ)第三四七六号ないし第三四七九号事件)。右調停事件は一二回にわたり期日を重ね、その間に、相手方は、友人方など各地を転々とした末、昭和四九年一二月肩書住所地の両親の許に事件本人とともに帰住し、日中、事件本人を保育園に預けて北見市内の印刷会社で働き、抗告人は、昭和五〇年六月一五日旧姓竹本三枝子と婚姻し、昭和五一年四月六日その間に男児を出生した。しかして、右調停事件については仲々合意の成立をみるに至らなかつたため、相手方は、昭和五一年五月六日これを取下げるとともに、同月一〇日別途原審釧路家庭裁判所北見支部に本件申立をなすに至つた。なお、これより先同年三月、抗告人は、相手方に対し事件本人の引渡を求めて東京家庭裁裁判所に子の引渡の調停申立をなし(同裁判所昭和五一年(家イ)第三五一一号事件)、同事件は、調停不調により審判事件に移行し、相手方は抗告人に対し事件本人を引渡すべしとの審判がなされたが、抗告された結果、東京高等裁判所において、原審判を取消し、同事件を東京家庭裁判所に差戻す旨の決定があり、現に同家庭裁判所に係属中である。

ところで、離婚した父母の間の子の監護者の決定、変更については、当事者双方の事情、すなわち、その生活環境、扶養能力、性格、事件本人に対する愛情等を十分斟酌して、いずれの監護に委ねるのがより事件本人の福祉に適するかにより決定すべきものであるところ、上記認定の諸事情、就中、相手方が事件本人を手許に引取るに至つた経緯、それ以来事件本人が母親である相手方とともに一応安定した生活状態にあると認められること、他方、抗告人は相手方と離婚後再婚してすでに事件本人の異母弟も出生しており、かかる家庭環境下において事件本人が安定した生活を送る見込みは乏しいと考えられることを考慮すれば、この際、事件本人の監護者を相手方と定めるのがその福祉に副う所以であるというべきである。

抗告人は、相手方が東京家庭裁判所に長期係属中の調停事件を取下げた直後再度原審に本件申立をなしたことの不当をいうが、右措置は、両親の許である遠隔地に住居を移し、しかも資力に乏しい相手方が右手続の維持に困難を感じ、やむを得ずしてとつた措置と解する余地もあるのであつて、一概にこれを責めることはできないものといわなければならない。

なお、抗告人から相手方に対する事件本人の引渡を求める審判申立事件が現に東京家庭裁判所に係属しているが、右事件の管轄権は本来事件本人の住所地を管轄する原審裁判所にあり(家事審判規則第五二条)、また、家事審判法第九条乙類四にいう子の監護に関する処分事件としては、監護者の変更は、一般には付随処分としてなされる子の引渡よりはより抜本的解決を目的とするものであり、しかも、東京家庭裁判所の審判が抗告審で取消・差戻となつた現時点においては、本件の原審判が先行することとなるから、当裁判所がこれを維持するに何ら妨げないものというべきである。

それゆえ、本件申立を認容した原審判は相当であり、記録を検討しても他に原審判を取消すべき違法はない。

よつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却し、抗告費用の負担については民事訴訟法第九五条、第八九条により、なお、従前監護者を抗告人と定めていた事実はなく、したがつて原審判主文第一項の「相手方から申立人に変更する。」は、「申立人と定める。」の誤謬であること明白であるから、主文第三項においてこれを更正することとし、主文のとおり決定する。

(神田鉱三 落合威 山田博)

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